• majam35ファブリックアートの世界

良寛和尚 に学ぶ生きる


仏教より学ぶ生きるがあります。


良寛和尚(1758年~1831年)は日本人にとってはとても馴染みの深い人物です。



その自由な生き方は現代社会を生きる私たちにとって羨ましくもあり、ただ真似ができるかといえばできないそんな存在にあります。


私もとても好きな人物です。


良寛和尚は幼少期より人とは違う感性を持っていました。

現代社会では、とても変わった人という見方をされてしまうのではないでしょうか?

10歳より、学問を学び15歳で元服します。

18歳で名主の見習いとなりますが

昼あんどんと呼ばれ、それは、昼間につけた明かりのように

目立たなくぼんやりとした役に立たない存在とい意味がありました。


厳しい修行の後、全国を行脚し、43歳で故郷の越後に戻りました。


質素な暮らしを好み、とても貧しい生活をして生きた良寛。

ただ笑顔を絶やさず、和歌や俳句や書を楽しみ

その一つ一つには素晴らしい才能を持っていました。


有名な話は

子供たちとかくれんぼをして良寛が隠れていると

子供たちは悪だくみをしてそのまま帰ってしまいました。

良寛はそのまま一人で隠れ続けその家のおかみに

「良寛さまそんなところで何をなされているのですか?」

と聞かれ

「しーっそんな大きな声をだしたら鬼に見つかってしまうではないでしょうか。」

と答えたそうです。

この他にもたくさんの有名な話が語り継がれています。


質素で冬の寒さが厳しい五合庵で春の訪れをじっとまっていた良寛和尚。

春のまつわるたくさんの名歌を残しました。

今の時代は暖房もあり、布団もとても暖かいですが、当時の寒さはとても厳しいものであったのではないでしょうか?


ただ、現在を生きる私達も時代は違っていても辛い思いをしている方がたくさんいるように思います。

暖房器具があっても、灯油代節約するため、使わない方がいるニュースなども見ました。

良寛和尚はどのように感じてそのような思いをしていたのだろうか?

時代を超えた人物の思いを読み解き今の私たちの慰めとなるような気もします。


また、春の桜を待ちわびた良寛和尚。

今現代に生きていたのならば、桜は政治の為に使う花ではなく

私達のように厳しい冬を乗り越えた人が希望として見る花である

という、意味のある歌をつくってくれるのではないでしょうか?


2月になりました。たくさんの桜が咲くまで笑顔を絶やさず生きていきたいと思います。


      majam35